2012年度版
4/29 60.5cm 中村圭一
タックルは影竿邀撃540おもり50号ハリス38番60センチ道糸20号です 70m沖のちょとした駈け上がり投入後すぐに前あたりがありその直後一気に竿が舞い込んだ大きなふぐかと思ったら石鯛だった
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(コメント、釣行メモ追加など次回の資料などに活用....)
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石鯛釣り専門の三重離島会の仕掛けは、水谷つり具 0598-26-3997で全て揃います 通販もあります。
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石鯛釣り
当倶楽部は、遠投釣法のみにこだわる事無く釣り場に合った幅広い釣りを実践し釣果を得ています。
特に近年は、どこの釣り場も足元は、荒れている事が多く遠方を広範囲に攻める事ができれば格段に釣果を上げることができでしょう
遠方に餌を正確に置くには竿は、Hタイプ(硬い)が当倶楽部でも人気が高いですがMタイプを好む方も30%位の比率で
愛用しています。オモリは、50号がメイン 針は、17号
初心者は、70m位を目標に遠くに正確に跳ばすことをマスターしてみてはいかがでしょうか?
そのためには、打ち返しを多くする事が肝要です。次にマスターする事は、餌の置き場所ポイント 正確な情報(データ)でほぼ90%終わりと思います。
撒き餌は、遠投では磯から出来づらい不利はあるとは言え、全国規模で行われる釣り大会でも優勝を含め高釣果の実績を上げています。
叉、当倶楽部は定期的に大会を開いています。
三重離島会とは、
昭和56年春、離島に大物をも求める開拓者達が既存の団体から分離独立し、 発足したのが三重離島会だ。初代会長は存在自体が絶対的であり、 その発言や行動に精髄を見た10数名で構成された。 発足当時に最年少ながら、会長の懐刀と呼ばれていたのが駒田 好孝である。 初代会長の口癖は「退かず退かせよ!」。この言葉の意味するところは、 威圧や強引であったかもしれない。 この頃の磯釣りは、とりわけ石鯛釣りでのポイント争いは熾烈を極め一般的に 大半を占めるマナーのよい「正直者」は損をするというのが顕著であった。 逆に、一握りの「図々しい奴、非常識な奴」らが憂き目にあうという構図が出来つつあった。 「退かず退かせよ!」は非常識な図々しいやつらに対抗する手段であり、 筋を通した者や一般的なマナーを守った者への威圧や強引ではなかった。 この頃の離島会は4〜5名単位で奄美、徳之島、屋久島、小笠原等々への遠征を頻繁に繰り広げ、 当時のヒラマサの日本記録も獲得した。地元に残った会員達も紀東や南紀で磯にたった。 週末に限らず組織的な釣行を繰り返す離島会は必然的に渡船屋や釣りエサやとのかかわりが深くなっていた。





